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曖昧な概念ほど言葉にした方がいい理由

じっくり考えたこと
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ちょっと個人的なことなんだけど、ずっと前から、僕は言葉をいうものの直線性や強制力が少し苦手でした。

たとえば、ある物事について、頭の中でピントを定めずにぼんやりと全体的なイメージを思い浮かべる時、そこにはあらゆる情報が含まれている。

でもこれを現実世界で活用するためには、言葉に直して思考しないといけない。

その「ぼんやり→はっきり」への変換過程で失われる情報というのは必ずあって、そこにある情報を捨てるのに抵抗感がありました。

最近は自分の中でその考えがちょっと変わりつつあることを自覚できたので、メモがてら記事にしておきます。

「言葉」や「言葉」は核心部分を削り出すツール

逆に言えば、これは言葉にすることで何が大事なことだったのかがわかるってこと。

図形やグラフや写真に比べて言葉というのは含ませることのできる情報量が少ない。

だから誤解も多くなるし、一面的な見方しかできないこともある。

でもそれはある意味では「核心部分以外を削ぎ落とすことのできるツール」とも考えられるわけで。

言葉にすることで失われる情報というのは確かにある。

だけど、「言葉にして失われる情報がある」というのなら、ざっくり削り落とせばいい

ギュギュギュッと弓矢を絞り込むみたいに、ただ一点を目指して思考を絞って行く。

そうすることではじめて、「考える」ということのスタート地点に立てるんじゃないかな。

きっかけは「エッセンシャル思考」かも

思えば、こう考えるようになったのは、前に読んだ「エッセンシャル思考」という本の考え方の影響なのかもしれません。

この本は僕の中の名著ランキングで常にトップ3に入っている一冊。

こうして過去に読んだ本が、忘れた頃に自分の考え方や行動に影響を与えてくれる。

それにふと気付く瞬間こそが、読書という体験が与えてくれる一つの大きな喜びだと思っています。

関連記事:【書評】エッセンシャル思考(グレッグ・マキューン著) | 99%の無駄を削ぎ落とせ。

まとめ:核心の1%以外を切り落とす勇気を持とう。

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もっと前、大学生くらいの頃はこういう「切り捨てる勇気」みたいなものをなかなか持てなくて、ずっとぼやけた焦点で(でもそれなりにがんばってがむしゃらに)生きていた気がします。

「ざっくりと切り落とせるようになった」という自分の内面の変化は、こうしてブログの文章にしってもなんとなく伝わりにくいとは思う。

だけど、それでもこうして切り落として考えられるようになったという部分に関しては、自分なりの進歩の形なのかな、と。せっかくの自分だけのブログなので、そういうことも書いておきたい。

抽象性と具体性のどちらを重視するかというのは極論どっちも大事で、自在に視点を入れ替えられるのがベスト。

いまは具体性の価値をなんとなく見出したところで、これからも価値観は揺れていくと思うけど、その過程でより幅広い自在な視点を手に入れたい。

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