このごろ考えていることは、無意味なしがらみから逃れるためには「うまく嫌われるスキル」がとても大事だなーということ。
あんまり考えたことがなかったことなので、記事にして言語化しておく。
上手に嫌われるスキル、めっちゃ難しいけどとても重要。うまく嫌われることで余計な関係が作られないので結局はお互いのためになるし、自分のスタンスの中でうまくとんがれる。
— 煮え湯@yawn (@nieyu365) 2018年1月3日
「嫌われ上手」は他人に振り回される機会を減らせる
「嫌われる」といっても、ひとに嫌な思いをさせて関係を断つという意味ではなくて。
この記事でいう「嫌われ上手」っていうのは、以下のイメージ。
- うまく他者からの干渉を減らして
- 必要のない余計な関係性を自然に断ち切って
- 無駄な接触を嫌味なく減らしていくこと
自分の誕生日パーティに100人呼べるひとは、一年で100回他人の誕生日パーティに出ている
前に「自分の誕生日パーティに100人呼べるひとは、一年で100回他人の誕生日パーティに出ている」って話を聞いたことがありました。
好かれ上手になりすぎると、その好かれている状態を維持するために、ひとに自分の時間を差し出さなければならなくなる。
別に断ってもいいし、誰もそれを強制していないんだけど、もう自分がそれを許可できない。
なぜなら、好かれ上手になりすぎると、嫌われることがとても怖くなるから。
その結果、不毛な付き合いが増えていく。
それってめっちゃ無意味だなーと思うわけです。
自分のスタンスを決める上で嫌われることは避けられない
もうちょっと突き詰めたことを考えると、自分のスタンスや価値観を明確にするうえでは、他者から嫌われることは避けられないと思っています。
逆に言えば、誰とでもうまくできるというのは「自分を出せていない」ことの裏返し。
もちろん、現代の組織の中では、自分の価値観を必要以上に出すことは求められていないことがほとんど。
だから常にひとと衝突すればいいってもんでもない。それじゃただの融通のきかないひと。
でも、その一方で、なにもかも他者に合わせる必要もない、ということは頭に入れておいてもいいんじゃないかな。
もし自分のスタンスや価値観を通したい局面が来たら、そこでヘラヘラ迎合する必要もないはずです。
まとめ:「嫌われ上手」とは「うまく群れからはぐれるスキル」
「嫌われ上手」とは「うまく群れからはぐれるスキル」とも言えます。
他者との不要な関係性や、意味のない付き合いは、自分の判断で断つ。
でも、そこで必要以上の波風を立てる必要もない。
矛盾を承知のうえで言えば、「いかに嫌われずに嫌われるか」。それができるのが嫌われ上手。
環境によっては「同じノリ」を半ば強要されたりすることもあると思いますが、僕はそういうのは従わなくて良いと思ってます。
付き合いを断ってひとから嫌われることが怖いという人は多いと思いますが、僕は自分を失うことのほうが100倍怖い。
自分の価値観や時間を大切に考えるなら、八方美人はもうやめよう。
結局、こういうことを自然にできるためには「強さ」を獲得しなければいけないんだよね。何かを守るためには強さがいる。
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