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「思考停止してひたすらに努力する」ことはある種の怠慢である

じっくり考えたこと
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このごろ努力の仕方について色々と考える機会がありまして。

そのなかで「自分を客観視しながら継続した努力ができる」ことがとても大事だな〜と思ったので、現時点での考えをメモがてら記事にしておきたいと思います。

意識的に自分自身を客観視して、うまく息抜きをするスキルの重要性

うまく「自分を甘やかす」ことができるひとは強い。
地道に努力に努力を重ねることも大事だけど、きっとそれだけじゃ長続きしないから。

大事なのは、メリハリをつけて、力を抜くところはしっかり抜くこと。
うまく自分を甘やかして、自分のゴキゲンを取ること。

そうしないとどこかで何かの拍子に自分がポッキリと折れて、積み重ねた努力もそこで途切れてしまう。

どんなに素晴らしい努力を重ねてきたとしても、続けられなくなったらそこで終わりなわけで。
短期的にはがんばれたとしても、消耗とともにある努力に未来はないということです。

結局、できるだけ波をなくして、しんどいときも「細く長く」をキープすることが、一番遠くまで行ける秘訣なんだと思っています。

そのためには、意識的に自分自身を客観視して、うまく息抜きをするスキルが重要なんじゃないかな〜。

最大瞬間風速的な努力はだれにでもできる

長続きしないような「最大瞬間風速的な努力」はだれにでもできることで。
それよりもずっと大事なのは、自分が無理せずずっと続けられる仕組みをつくること。

継続可能な努力のかたちを模索すること。
自分で自分のフィードバックを取って、自分にアップデートをかけ続けること。

「頭を使わずにひたすらに努力をし続ける」というのは、ある意味ラクな道で。
はじめはそれで良いかもしれないけど、ある段階まで進むと、そこから先の世界ではそのスタイルはきっと通用しなくなる。
その世界では、そういう姿勢はある種の怠慢とみられるようになるかもしれない。

努力を重ねることはもはや「最低条件」になりつつある。
そのうえで自分の頭を使って、どうやったら自分の努力の効果が最大化されるのか、どうやったら最大効率の努力を長く続けられるかを探り続けなくちゃいけない。

その模索にきっと終わりはないけど、それでも食らいつき続けられるひとが先に進めるんじゃないかな。

「美しい過程」にこだわる意味はない

成功の裏には、修行にたえたとか、下積みがあったとか、そういう美談が求められがち。

でもそれはまやかしで、ぼくは結果が出てれば別に過程なんてなんだっていいと思う。
ルールの中で近道を探すための努力は立派な「創意工夫」で、真正面からの正攻法にこだわるのはある意味思考停止。

それでうまくいかない時に「正々堂々がんばった」で済ませるのはいい加減卒業したい。

「美しい努力の呪い」を放り出すことは、次に進むためのひとつのステップなのではないかな〜と思います。

まとめ

努力のたぐいもそうだけど「自分で自分をコントロールできるか」というのは、最後には「自分を客観視できるか」という一点に集約される気がします。

いつだって自分の行動を縛るのは自分の主観で。
その「主観」すら、自分の意志でうまくマネジメントできたひとが強いということです。

自分の中で「愚直でひたむきな自分」と「合理的にやり方を変えられる自分」のふたつのエンジンを持つこと。
そして、必要な時に意識的にこれらを使い分けるようトレーニングをしておくこと。

こういうところを頭に入れておくと、いろいろ生きやすくなるのかもしれません。

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