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イケてるマイルールをつくって、それに熱狂できるひとが最強

じっくり考えたこと
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これまでも「コスパ」と言う言葉に対する違和感について、いくつか記事を書いてきました。

例えばこんな感じのやつ。
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お金さえ払えば物理的な豊かさが際限なく手に入るこの時代において、たとえ非効率でも、あえてお金に頼らずに自分でやるところに最高のエンタメがあるなーという思っています。

今回は「イケてるマイルールをつくって、それに熱狂できるひとが最強」というお話です。

すべては「ごっこ遊び」の延長

小さい子供がおままごとをするときって、「お父さん」「お母さん」「子供」「ペット」という感じで役割を決めて、その役割を演じて遊びますよね、いまでもたぶん。

考えてみれば、お父さんやお母さんという登場人物を自分で決める事は、実はそれって「自分で遊びのルールを規定している」ということなわけです。

で、これは大人にとってもおんなじで。
のめり込める「ごっこ遊び」をつくりだして、自分でそれを遊びつくせるひとってめちゃくちゃクールだなーと思います。

他人が作った枠組みで遊ぶんじゃなくって、ひとりあそびでもいいから、DIYのマイルールで熱狂できちゃうようなひとが、いちばんイケてると思うわけです。

センスがなければイケてるルールはつくれない

で、このルールづくりってすごくセンスが問われるもの。
おもしろい遊び(のルール)を自分でイチから考えるのってとってもむずかしい。

制限事項を増やせば増やすほど、見せかけの完成度を高めることはできる。
だけど、それって足し算に次ぐ足し算で、けっきょくなんにも考えていないことと同じ。
それなら工夫はいらない。誰にでもできちゃう。

逆に言えば、最低限の制限でおもしろいルール作りを考えつく人は、それだけ課題設定がうまい人ということなんじゃないかな。

ルール設計のカギを握るのは「良質な制限」

例えば、サッカーなんて、極論「手を使わないでお互いの決めたところにボールを運んだら勝ち」というゲーム。

このルールのすごいところは「ほんのちょっとの制限事項が全体をぐっとおもしろくしている」ところ。

圧倒的な自由の中に必要なだけの最低限の制限を加えることで、ゲームとしてめちゃくちゃおもしろくなっている。

シンプルだけど、地球上にほかにこんなに美しいルールはないんじゃないかな……。
むしろあまりにシンプルすぎて、思わずその完成度の高さを見落とすレベル。

ほんのちょっとの「良質な制限」を加えることで、全体をぐっとおもしろくする。
良いルールというのは、きっとそういうもの。

ルールづくりはその人の創造性をあぶり出す

基本的には圧倒的にシンプルで、圧倒的に何でもアリ。
でも、そのなかでひとつだけ、「コレしかない」という制限事項を入れる。

この「制限事項」に何にするかで、そのひとの思考回路というか、センスというか、おもしろさが浮き彫りになる気がするな〜。

例えば、もしクリエイティブな人材を雇いたかったら、選考課題は「架空の新しいスポーツのルールを設計してみてください」とか、良いかもしれない。

ルール作りはそのひとの創造性とかアイデアとか、おもしろさを余すところなく引き出せるものと思うから。

まとめ

170727 rule creative 01

ちょっと前までは、なんとなく「ルール」って言葉にあんまりいいイメージを抱いていませんでした。
なんか「ものごとをつまらなくさせるすべての元凶」みたいな。

だけど、うまく設計されたルールにはおもしろさを何倍にも引き立てる可能性があると気がついてからは、価値観がひっくり返りました。
いまではルールって実はかなりおもしろいものなんじゃないかと思っています。

真にイノベーティブな人は、もうひとがつくったルールなんかではつまんなすぎて遊べないんじゃないかな。

自分でイケてるルールを設計して、そのゲームにのめり込むってのは、最高にクリエイティブな遊び。
そして、自分が作ったルールにドハマリして、その遊びに全力でのっかれるひとってめちゃくちゃ無敵。

そんな感じ。では!

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