一行日記3/29 12時間ねた。まだねむい

自分の居場所(ブログ)をつくると自然と利他的になれる

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ブログ運営のメモとか
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最近思っていること。

どうにもブログをはじめてから、一生懸命にノウハウの記事を書いたりするようになって「人のため」に行動することができるようになってきた感じがします。

良い人アピールとかではなくって、ただ単にそういう傾向が見られるということ。

で、なんでだろうなーと、その要因を考えてみました。

ブログは失敗が書けるメディア。だから失敗をシェアできる

そもそもブログをやる前は、自分の知識とかノウハウを世の中のどこかに置いて置ける場所がありませんでした。

ブログは、フォーマットが自由というところがいい。
テキストでも動画でもいいし、連載にしてもいい。

そしてなにより、「失敗を堂々と書ける文化」がいい。

書籍は一直線に正しいゴールに向かうことが役割。
だから書籍には失敗談ってあんまりないと思うんだけど、ブログは失敗でもコンテンツになるところがいいと思うんです。

そして、情報を探している側も、知りたいのはなんで失敗するのか、失敗したらどうなっちゃうのか、復旧方法はどうしたらいいのか、というような、脇道の部分なんじゃないかな。
(少なくともぼくはそっちのほうが知りたい)

考えてみれば、うまくいく過程にはその何倍もの失敗があるもので。
コンテンツ量的には、真っ直ぐゴールに向かう成功体験を1とすると、失敗談には4〜5くらいのボリュームがあるんじゃないかな。

あとは失敗談って暖かみがあるというか、「てへぺろ」的なところが必ずあって、書き手の人柄が伝わりやすいから魅力的な気がするなー。

成功ばっかり書いているクールなブログももちろんいいけれど、ぼくは失敗ばかりのブログのほうが好きかな。

SNSみたいな爆発力はなくとも、良い記事は熾火のように長く灯る

良質な情報ならtwitterで書いたっていいけれど、文字数やフォーマットに限界がある。

それに、書いたものは質に関係なくすべて、あっというまに情報の濁流の果てに流れていってしまう。
その点ブログなら、自分が消さない限りはいつまでもその情報は残る。

SNSみたいにバーッとばら撒けるスピード感も大事かもしれない。
ブログはどちらかと言うと地味なのかもしれない。

けれど、ブログは情報の寿命を長く取ることができる。
だから、「情報を求めて検索経由でくるひと」に役に立つようなものを残しやすいんじゃないかな。

時間がたってもコツコツと読まれるような、そんな仕組みになっているから、腰を据えて記事を書くことがで来ていると思います。(書いてもすぐ消えてしまうようなものなら、きっとこんなに頑張れない。)

理想は、熾になった炭のように、遠くからみると燃えているようには見えなくても、近くに寄るとしっかり熱を感じるような記事。

そんな記事を書いていけたらいいなーと思っています。

まとめ

利他的になりはじめた自分に気がついた時、はじめは「自分が満たされるから他者にも目が向けられるようになるのかな」と思っていました。

自分の足場が持てることや、書くことで少なからず承認欲求的な部分が満たされているのだろうと。
でも、よくよく考えてみるとどうやら違うようで。

こう考えてみると、ブログを持つことはある種の「自由」を手に入れていることだと思います。

自分のデザインしたとおりに自分を発信できる自由。

個人でもそういうことができる足場を持てるというのは、ほんとうに素晴らしい。

リアルタイム更新からは相変わらず遅れていますが、地に足をつけつつ、ちょっとだけ駆け足で追いかけていきます。
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